林業家・中田市郎さんとの出会い 第6話

林業家・中田市郎さんとの出会い

[実例].顔が見える家づくり── “お金では買えない家づくり”に感動 by草島すなお

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林業家・中田市郎さんとの出会い 第6話

製材

 by 草島すなお

18991230_00.jpg地スギ建具用製材
 年が明けて2004年(平成16年)2月下旬、製材所の田組さんで、まず柱材の製材が始まった。
 製材された柱はほとんどが四面無節で、どれも座敷に使えるほどに美しい。柱材用に育て上げられたスギは、中田さんが管理している他のスギ林とは違って、年輪幅があまり大きくならず、かつ、節が出ないようにと早い時期から枝打ちがされてきたが、実際の製材品を見て、「さすが中田さん。」と改めて頭の下がる思いがした。

 3月22日、いよいよ、地スギやアテの木の大木を製材する日が来た。この日は、工務店の正保さんと建具屋の常本さんが立ち会った。この日、常本さんとは初対面であったが、これを機に常本さんにはいろんなものを作ってもらっている。建具職人は、「魚で言えば、トロしか使わない。」と聞かされていた私は、自分の惚れた木が木材を見る目に厳しい職人にどのように映るのか。興味深さより不安の方が大きかった。

 正保さんの指示する寸法に、大きな丸太が製材されていく。帯鋸が大きな丸太の正体を暴くように端のほうから厚板を生産し、少しずつ丸太の中心部が現れてくる。けたたましい製材音の中、あたりは不思議な緊張感に包まれている。私は建具職人常本さんの顔をのぞき込む。「まあ、こんなもんかな。」という表情の常本さん。作業がしばらく進んだ後、製材所の田組さんが言った。「柾(目)に挽こうか。(※)」私も、そのようにしてもらいたい、と思いながら職人達の前で何も言えず、彼らのやりとりに固唾を飲みつつ、常本さんの表情を伺う。「うーん、柾でなくてもいいがね。」一瞬の間をおいて、「柾に挽いて!」という正保さんの声で半割になった丸太は柾目に挽かれ始めた。私はホッとして、再び作業を見守る。

 大きな丸太の中身が顕わになるにつれ、その美しさを最大限生かそうと柾目に挽くことを勧めた田組さん。これに対する常本さんには、どんな材料でもちゃんと作れる自信と、材料に贅沢を言わない謙虚さを見た。りっぱな丸太を前にして、それぞれの職人達の緊迫感に包まれたやりとりが妙に印象に残った。

 1本のクサアテの製材時、最初の鋸肌を見て、正保さんと常本さんが口をそろえて、「アテとる(※)。これは、土台(用)や」と言って、建具用から土台用へと用途を換え、即座に角材に挽いた。ちなみに、このアテについては、見ただけではなかなか解るものではなく材を見る職人の目に改めて脱帽。

 こうして、密度の濃い、緊迫感に包まれた1日が終わった。帰り際、常本さんには、製材所の土場にある桐の丸太を見てもらった。後で知ったのだが、この桐の木は、常本さんにとってはなじみの木であったのだ。常本さんは、(桐の木を育てている)岡峰さんの依頼で何度もこの木で建具を作っておられたのだ。ここで、また安心。山村の職人達の間では、今でもこのようなつながりが生き続けているのだ。

20040302_00.jpg(トラックに積み込んだ)4面無節の柱

※柾目に挽く
鋸の切り口が年輪と直角になるように挽いていく特殊な挽き方。丸太を特別な用途に利用しようとする意図を持ってこのように挽く場合がある。
製材された板は、図のように年輪が平行になる。
丸太を端から順に挽いて板を採っていく通常の挽き方では、丸太の中心部から採れた板のみが柾目になり、それ以外は板目になる。板目には、木裏と木表があり、図のように曲がりやすいので、比較的精巧さが要求される建具材には柾目の材が使われることが多い。

※あて材(アテとる)
あて材とは、正常材と対比して使われる言葉で、石川県の能登地方や本県の氷見で植栽されている樹種のひとつである「アテの木」とは、全く意味が異なる。
樹木にはまっすぐ上に伸びようとする性質があり、これが、地滑りや強風などの外部からの力によって傾いたとき、その性質に従って再び上へ伸びようとする時に、あて材が生じるのである。すなわち、あて材といっても1本の木すべてがあて材という訳ではなく、外部から特別な力を受けることなく、すくすくと育った正常な部分(正常材)とある時期に受けた外力によって生じたあて材が存在することになる。製材後、アテ材の部分で極端に歪むため、用途が限定される。
丸太の木口や製材の挽き肌を見てあて材と分かるのは、かなり木とのつきあいが長い職人のみである。


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