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富山県のスギのいろいろ
by 草島すなお
マスヤマスギ
木の伐採の話に入る前に、富山県内に育っているスギについて触れてみたい。
スギには多くの地域品種があり、材質なども品種により様々である。県内にも様々な品種があり、それぞれに特徴を持っている。
○タテヤマスギ
富山県の立山山麓など海抜1,000mから1,650m(日本で最高地)に天然生育する高山多雪地帯に適する品種とされている。
種子を土に播いて増やす「実生(みしょう)」品種。(実生は母親と父親のそれぞれから遺伝子を受け継いでいるため、その性質は母親ゆずりであったり父親ゆずりであったりとばらばら。)したがって、挿し木(さしき)品種(枝を土に挿して増やす品種。挿し木は親木から切り離された木の体の一部が複製されて成長するため、遺伝的には親木と全く同一な集団(クローン)。)ほど、特徴的な性質を示しにくいが、一般的に初期成長は旺盛で、材質は硬い、とされている。
○カワイダニスギ
石川県津幡町河合谷地域から選抜された挿し木品種。初期生長は良いが、25年頃を過ぎると、急速に生長スピードが鈍化する。このため、柱材を生産目的とした短伐期施業(植栽から収穫(伐採)までの期間が短い)に適していると言われている。ただ、初期生長が良いと、どうしても木材の中心部の年輪幅が広くなり、この点が、木にこだわる大工さんには不評である。
カワイダニスギを柱用に育てられていた中田さんは、早めの枝打ちを徹底することで、こうした問題に対処しておられた。我が家の柱の多くは、比較的年輪幅の詰まった4面無節の特上のものであった。
○マスヤマスギ
約500年前、当時の5代増山城主神良衝が城を敵軍より隠す目的から、周囲にスギを植えさせた。そのうち形質・成長に優れたものを親木として植栽されたものがマスヤマスギと命名され今日に至っているという説があるが、定かではない。
徳川幕府の一国一城の制により増山城は廃城となり、一帯が造林された。分布域は砺波市増山を中心として、旧庄川町や高岡市の一部を含む約300haである。
種子の出来具合が悪いマスヤマスギは、挿し木品種で分布域は小さいが、富山県を代表するスギ品種である。材質は硬く、木理が通直で狂いが少なく、心材のきれいなピンク色は専門家の間でも評価が高い。また、カワイダニスギと対照的で、いわゆる晩成型で初期成長が遅く樹齢を重ねた大木には特に高い評価が集まった。建具用材は、「マグロで言えばトロの部分しか使われない。」と言われるほど材料に対する要求度が高いが、マスヤマスギはそういった用途として重宝されていた。栴檀野地域には、今でも製材所や建具屋さんが集まっているが、マスヤマスギを利用した地場産業として栄えた往時のにぎわいを偲ばせる。こうした優良品種は今後もしっかりと残してほしいものだ。
○ボカスギ
ボカスギの発祥についての定説はないが、小矢部市、高岡市あたりの在来スギの中から、形質、成長などの優れたものが選抜され、1800年代初頭から、小矢部市宮島を中心として造林が始まり、県西部を中心としたボカスギ林業地帯ができあがったと考えられている。
ボカスギは、「ボカボカ(太る)」名の通り、生長が良いため年輪幅が広くて材が柔らかいのが特徴である。このため、防腐剤の注入が容易なことから電柱材として広く利用され、昭和初頭の電柱材需要の旺盛な時期がボカスギ林業の最も盛んな時代であった。
ボカスギは発根率が高いことから、挿し木苗を用い、植栽本数は1haあたり1000本程度で、本県で一般的な2500本/haと比較するとかなり少ない。また、間作といって、植栽した苗と苗の空きスペースを利用して里芋やスイカといった様々な野菜が作られ、極めて有効な土地利用が行なわれていた。中田さんの山では、今でも近所の方が里芋などを間作している。
マスヤマスギを使った家具
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