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「美林」とは──中田一郎さんの山
by 草島すなお
1999年(平成11年)4月、県の出先事務所に配属され、氷見市の森林整備や地域材活用を担当することになった私は、県内でも有数の林業家である中田市郎さんを初めて訪ねた。中田さんは85歳という高齢にも拘わらず矍鑠(かくしゃく)としておられ、私の職場の先輩達との思い出を楽しそうに語っておられた。

中田さんのスギ林に足を踏み入れた私は、「美林」という言葉の意味を、初めて理解できたような気持ちになった。そこには、植えて間もない1mにも満たないものから100年を超す大木に至るまで、どれもが整然とまっすぐに立っていた。
樹種も様々でスギ(と一口に言っても、タテヤマスギ、カワイダニスギ、マスヤマスギ、ボカスギ、これらのどの種類にも属さない地スギなど様々)だけでなく、カラマツ(約40年生)、100年ぐらいは経っているアテ(近年は「能登ヒバ」という)が、ほどよく配置されていた。
「まっすぐに育つように雪起こし(※1)だけはしっかりやった」──中田さんのこの言葉通り、どの木も本県特有の湿って重い雪による根曲がりが全くない。天に向かってまっすぐに伸びており、その様は、高齢にもかかわらず、背筋が伸びた中田さんのように凛としていた。
林の中は林道が無駄なく自在に走り、どの木も容易に伐採・搬出でき、さらに馴染みの製材所までわずか1kmと目と鼻の先にあるこの山は、家を建てるための好条件を兼ね備えていた。
当時は、県産材を使った家づくりへの関心が、建築関係者の間でもほとんどなかった。県産材の普及のために、この山の木でとにかく一棟の家を建てて みたい、と考えていた私は、「中田さんの木で家づくりをしてみませんか?」と誘い水を向けると、「家の2~3棟なら、どんだけでも出せっちゃ。ここなら、トラック横付けで木も出せるし、製材所もすぐ近くにあるから都合がいいしね」と、打てば響くように、あっさり私の誘いに乗ってくれた。「最近は木材の値段が安いから、木なんか売る気になれんちゃ」などと、自嘲気味に答えて、不遇の時代を憂える林業者が多い中で、中田さんは竹を割ったように、さわやかに応えてくれた。
こうして、中田さんの木を使った家づくりが始まったのである。
※1 雪起こし:雪解け直後、雪の重みで倒れかかった樹木を縄などで根本部分から起こす作業。雪国に特徴的な作業で植栽後10年ぐらいまでこの作業が続く。
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